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「遊び」の中にこそ「学び」がある

川で水遊び

子どもの心を動かす環境づくり

 

新学期、「ここはどんなところだろう?」とアンテナを四方に張り巡らして登園してくる子どもたちのための、ちょっとしたひと工夫。例えば、砂場に小山を作り、崩れかけのお団子や、砂をすくったままのシャベルを置いて、遊びかけの雰囲気にしておくと、涙いっぱいの新入園の子が、ふと泣くのを止めて手を伸ばす、なんていう光景が時々見られます。

幼稚園の教育は、「環境による教育」と言われます。教師が子どもを直接、言葉で教えていく授業のような形ではなく、また、決められたカリキュラムを次々とこなしていくものでもありません。

人やモノ、コトといった幼児期には欠かせない様々な出会いを用意し、子ども自らが心動かし、能動的に関わっていけるような「環境」を築いていく、それが幼稚園の生活です。

 

社会を学んでゆく子どもたち

 

何気ない遊びの中に、幼児期の発達を遂げていく姿が見られます。

かくれんぼで遊ぶ子どもの姿を思い浮かべてみてください。

2歳頃は自分の目を塞ぐだけで隠れたつもり。3歳頃でも頭やお尻が見えていても、自分からオニが見えなければ隠れているつもりになっています。しかし、4歳頃になると見事に全身を隠せるように成長します。それは、自分が他人にはどう映っているのかを想像できるようになるからです。

 

自分の中に他者の心を投影して認知する能力は、自分に対して「こうありたい」「こうあらねばならない」という「社会的な自分」の理想像をイメージしていく源にもなります。この時期から人は、「自分」と「もう一人の自分」を心の中で対話させながら、「わたし」らしく生きようとする生涯の命題に立ち向かい始めるのです。

 

さらに5歳児になると、「オニはあそこにいて、〇〇ちゃんはそこに隠れているから、私はここに隠れよう」といったように、かくれんぼ全体を空から眺めるような客観性も芽生えてきます。「社会」という漠然とした概念をつかめるようになる始まりで、これが「幼稚園は社会に出る第一歩」と言われる由縁です。

 

押しつけではない、子ども自身の遊びを

 

幼稚園で繰り広げられる子どもたちの遊びは実に多様です。一人でじっくり何かに向き合ったり、2〜3人の友だちと楽しんだり、何人もの集団で大盛り上がりしたり。

でも、いつもいつも前向きかというとそうではなく、やりたい遊びが見つからない日もあれば、ちょっと気持ちが乗らない日があるし、友だちとボタンの掛け違いや、けんかをするときだってあります。大人でも悩んだり、考えたり、いろいろ行きつ戻りつ前へ進んで行くように、子どもたちだっていろんな心持ちで過ごしているのです。

さらに言えば、近年は自分に自信を持てない若者や、意欲がなく対人関係を築くことが苦手な人が増えていますが、これは乳幼児期の過ごし方と遊びのあり方と密接に関わっていると思います。友だちと遊ぶのはいやなことや煩わしいこともあるけれど、そこを乗り越えたらもっと面白くなる。そう思える経験をたくさん積んでほしいからこそ、大人の押しつけではない子ども自身の本来の遊びが大切なのです。その上で、それぞれの子の「今」が肯定される、自分らしく振舞える園でありたいと思っています。

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